けたたましい緊急地震速報の音で目が覚めた時は、目を疑うような厚真町の山腹崩落や、広い北海道がいっせいに停電に襲われることなど想像もできませんでした。被災者を励まし、要望を聞き、文書にもまとめ、地方議員・国会議員との連携などで、あっという間に一日が終わるという毎日でした。

 あれから二年。震災直後に避難所の廊下で一人泣きしていた方、「政治家は信用していない」と言いつつ日々のつらさを語ってくれた方など、何度もお会いして顔なじみになった仮設住宅の方々も、来月には引っ越しが始まるといいます。まだ住む場所が決められない方も含めて、新しい生活へと政治が力を発揮する時です。

 家が地面へ滑り込むように傾くほど、目を疑うような液状化被害を受けた札幌市清田区里塚。生活インフラにかかわる工事は年内に終了見込みで、「九割ほどの方が戻ってきます。地震があっても、長く住んだ地は『住めば都』なんです」と語る町内会長さんの目がやさしい。町内会の情報を避難していた方へも郵送し続けるなど、支え合いを大切にされてきているのです。

「みんなの幸せが自分の幸せ」とばかりに、「来年度へ持ち越しになった公園の工事が終われば、町内会の夏祭りをおこないたい。年に一度、子どももお年寄りも楽しみにしていた集いの場ですから」と語る言葉が胸に響きました。早く新型コロナウイルスの収束を願いつつ、誰ひとり取り残さない復旧・復興へ、私も力を尽くします。