元衆議院議員の児玉健次さんが先月24日、亡くなられました。私の初めての立候補は2007年参院選で、03年に引退した児玉さんとは政治活動をともにした経験は多くありません。しかし、ことあるごとに児玉さんからは電話をいただき、健康や家族にも気をかけてくださいました。柔らかな声が耳に残っています。

 児玉さんが書いた文章や質問会議録に目を通すなか、あらためて引き込まれるように読んだのが千歳川放水路計画を取り上げた予算委員会での質問でした(97年2月12日)。石狩川の浚渫(しゅんせつ)で改善できること、日本共産党の提言、漁業者などの反対の声を紹介し、理詰めの質問に亀井建設大臣(当時)が「委員ご指摘のように‥‥ご意見のあることも我々は承知をいたしております」と答弁しました。この質問もきっかけに、中止への流れが進んだのです。

 4つの台風が連続して北海道を襲った16年、児玉さんが放水路計画中止の経過に触れつつ、自然災害をどう北海道で防ぐのかの政策について助言をいただきました。一度だけ児玉さんのお宅を訪問し、書棚を見たら日本国憲法に関する書籍がビッシリ。戦争を体験し、仲間を失い、身をもって命の大切さを知る児玉さんの言葉は、いつも重く響きました。政治家としての根っこの部分を、くり返し教わったと思っています。

 総選挙で遺志を継ぐ議席を必ず奪還して、児玉さんに胸を張って報告したいと決意を新たにしています。