東日本大震災から六年となった十一日、私は宮城県石巻市の追悼式に出席しました。
 翌日には、復興公営住宅に入居された方から現状もお聞きしました。長く住んだ仮設住宅にくらべて「広くてうれしい」との一方で、「まわりに知ってる人がいない」「ドアが防火のため重く、高齢者は開けるのも一苦労」との声も。家賃の発生や、介護保険・後期高齢者医療の支払いなどで「仮設にいた時より、お金が二倍くらいかかる」という方もいらっしゃいました。
 四十代の男性は病気がきっかけで退職を迫られ、今は非正規の軽作業職場で働いていますが「いつ仕事がなくなるかと不安」。報道など目の届かないところに、苦労を抱えている人がいることを議員は訴えてほしいとの要望も受けました。
 石巻市中心部から小一時間ほどの鮎川地域にも足を運びました。金華山への玄関港となる地域ですが、驚いたことに、まったく盛り土さえ進んでいません。まさに復興の「ふ」の字も見えない状況です。仮設商店街での食堂主からは「こんなに時間がかかるとは思わなかった」「新しい町ができるころに、何軒の店が残れるか」との厳しい意見も。政治の責任の重さを痛感しました。
 安倍首相は、震災復興は「一定の節目を超えた」認識だと報じられました。誰の立場で「節目」などと言っているのでしょう。被災者に「最後まで寄り添う」と、首相は言っていたのではなかったか。しっかり国会で訴えたい。